窓辺の結露、雨上がりの土の湿り気、陽光でゆっくり乾く洗濯物…。日常生活の中には、水にまつわるささやかな風景が沢山存在している。しかし、今日の都市では、浄水場や水道管といった市民からは見えない巨大インフラによって水が管理され、本来、山から海に至る広大な水循環の中で私たちが生きていることはなかなか意識しづらいと感じる。この現状に対して、日常の中に存在している水のシーンを劇的に切り取る“水の舞台装置”を提案する。
敷地は東京・三鷹。東京の水系を俯瞰して見ると、三鷹は多摩川水系と荒川水系のちょうど真ん中(分水界)を通っていていて、昔から川の水には乏しかった地域だということがわかる。一方、17世紀に開削された玉川上水のおかげで水路沿いには豊かな武蔵野の雑木林が保全され、地下には井の頭公園の湧水へとつながる被圧地下水層が存在し、井戸水は豊富な地域である。敷地の現況は一見ごく普通の郊外住宅街であるが、玉川上水、JRの車両庫、浄水場、廃線跡の緑道、元水路の地下道…といった大きなインフラが住宅を取り囲むように存在している。目に見える水の風景は少ないが、“隠れた水”が多い地域なのである。
街の外から鑑賞者がやってくると想定し、玉川上水の分流「品川分水」の跡地である「堀合通り」を、舞台装置をめぐるルートに設定する。通り沿いのランドスケープの骨格となる要素を拾い上げ、それらの交点や接点など特異点を選び、そこに4つの建物(洗車場、洗濯代行屋、共同農園、スパ)を設計した。この建築は、残り湯を緑化屋根に流したり、洗濯排水を緩速ろ過(別名・生物浄化法)したりするプリミティブな原理で成り立っている。洗車や洗濯といった地元住民の日常の営みが、晴れの日も水が垂れてくる軒先や、電車が通るたびに風で揺れる水盤といったささやかな風景を生む。鑑賞者の経路、地元住民の経路、水の経路は併走したり交差したりしながら、建築は、水が使われる光景、水が動いている光景を劇的に切り取る。
このプロジェクトは、住宅街の日常風景の見え方を転換すると同時に、従来の上下水道の代替案となる新しい水との関わり方を示唆するものでもある。